きっと独りで生きていく。

ただのライフログ。

いつでも楽しかった事を思い出している

楽しければ疲れないなど嘘だ。

 

全力で楽しめば疲労は蓄積されていく。

全力なのだから。

疲れないのではなくて疲労を自覚できなくなるだけだ。

 

この1週間は仕事が順調だった。

日曜にニンテンドースイッチも手に入れて、帰ってからも全力で楽しんでいた。

業務も落ち着いてきた本日、疲労が噴き出した。

 

ゲームを快適にするために購入した座椅子。

帰宅してからの定位置。

動けないでいる。

 

疲れたら休め。

楽しみが多すぎて、眠るのがもったいないのだけれど

疲労した状態で楽しい時間を消費していくのももったいない。

 

楽しい人生が縮んでいくのももったいない。

土砂降りの涙

折り畳み傘を毎日持ち歩いている。

 

天候によって持って行ったり持って行かなかったりがあると

いつか持ち帰るのを忘れる。

財布や定期やタバコのように

常に持っておくものとすれば忘れることはない。

曇り空を見て本日の持ち物を判断する手間もない。

 

折り畳み傘の中でも割と重いものを愛用しているので

鞄に入っていなければ違和感ですぐに気づく。

傘立てに置き忘れて帰宅することもない。

 

雨は面倒が増えるから好きではない。

ただ、雨を眺めるのは悪くない。

 

雨が似合うと言われたことがある。

褒められたわけではなかろうが、少し嬉しく思ったのを覚えている。

黒く塗らなきゃ生きられない

今日はもう少し早く帰る予定だった。

 

立て続けの会議から戻ってきた上司たちが持ち帰ってきた話が重い。

今からやるのですか、と聞いてしまった。

 

よくもまあこんな難しいことを考えつきますね、と上司のため息。

理解するまでがすでに長い。

あまりに処理が複雑なものだから簡潔に処理できるように組み替えた。

その複雑な処理全てが経営陣には必要なものであったらしい。

 

簡潔に処理できるようにするまでも、それを説明できるようにするまでも

私にとっては簡単なことではなかったからなんだか気に食わない。

 

だが思い出したのは牧場物語2のこと。

不朽の名作だ。

この作品はリメイク版が出ることは決してないと聞いたことがある。

プログラムが複雑すぎて、もはやプログラムではないと言われているそうだ。

 

感動は非効率の中にあるとは誰の言葉だったか忘れた。

大した話ではないが、気に食わないことに変わりはないが、

目の前の誰かが喜ぶ顔を見たければひとまず捨てなければならないものもある。

 

ならばと迷わず捨てられる人になりたかったような気がする。

「どこまでも」がいつの間にか

今日は早く帰ってきた。

 

目覚める。

食事をする。

身支度をする。

ゲームをする。

出勤する。

 

仕事をする。

時々タバコを吸いに行く。

終わったら帰る。

 

入浴する。

腹が減っているなら食事をする。

ゲームをする。

勉強をする。

家事をする。

寝る時間まで時間があるならゲームをする。

 

 

することは決まっている。

自分で決めて、その通りに毎日を生きられることが私にとっての幸せである。

 

仕事でトラブルがある。

急に飲みに行くことになる。

眠る時間が遅くなる。

朝決まった時間に起きるのが辛くなる。

勉強する気が起きなかったりする。

決めたことを決めた通りにできない日がある。

 

決めた通りにいかないのは誰のせいでもない。私も悪くない。

予定通りにいかないときはもう一度予定を立て直す。

立て直したとおりにその日を終えることで、幸せは失われない。

 

自分との約束は最小限に。

約束を守らない自分と、約束を強要する自分を憎んだりしないように。

ひとつずつ積み重なって

今日は早く帰りたかった。

 

スプラトゥーン2をプレイしたかったからに他ならない。

業務のスケジュール上難しいとわかっていたが可能な限り時間は確保したかった。

 

予想以上にトラブル続き。対処の能力は今の私には乏しい。

仕事ができる人というのは、きっと誰よりも早く帰りたい人たちなのだろう。

 

業務で追いつめられるほど、私の部署の人は飲みに行く。

そうして帰りはこんな時間になる。

7時間は眠りたいのに物理的に不可能になる。

所持金86円しかないからと一度ご遠慮させていただいたが

明日でいいからと連れて行ってくださった。

何のために86円の恥をさらしたと思っているのだ。

スプラトゥーンのためだとはさすがに思っていないだろうが。

 

それでも、酒で話す時間は心地よい。

みな生き急いでいるような感じがする。

酒が飲めるのも、目の前にいる人と話ができるのも、

今を逃したら来ないかもしれないと知っての時間だと知っているかのように。

 

 

明日は早く帰る。

小さい頃は神様がいて

ついにニンテンドースイッチを手に入れた。

 

抽選販売に参加すること十余回。

本日も落選した。

 

だが、確実に入荷はコンスタントに行われるようになっている。

それならばもしや、と自宅近くの量販店へ足を運んでみた。

すんなりと、手に入った。

 

同じく落選した足で訪れた人はいたらしい。

あなたで3人目だ、と店主は仰っていた。

 

抽選販売なんてまどろっこしいことはしません。

足を運んで来てくださった方に順番にお渡ししています。

抽選に落ちて、ここまで来て、また落ちて、なんて嫌でしょう?

さ、どうぞお楽しみください。

 

げにその通りである。

それにしてもゲーム売り場の店長としてはレベル高い紳士である。

 

 

楽しみにしていたゲームのハードの箱を開けるとき、

幼いころ、サンタクロースがいたころの気持ちを思い出す。

お願いしたものが12月25日の朝に届いていて、

その包みを開くときの気持ちと全く同じだ。

 

 

自分の力で手に入れるようになっても気持ちは変わっていない。

中身も変わっていない。

サンタクロースは毎年私にゲームを贈ってくれていた。

本当に君が欲しいものって

休みの日ぐらい好きな服を着ていたい。

 

 

いわゆる「営業日」でなくても出勤日であったりする。

「営業日」、すなわち平日は同僚に選んでもらった服を指定された組み合わせで着ている。

弊社に制服はない。服装の規定もない。

ジャージにビーチサンダルで勤務していても誰も何も言わない思わない。

 

 

私は年齢的にも職務上の立場的にもそぐわない恰好をする。

あまりに酷いので、以前は買い物代行の業者に頼んでいた。

代行手数料がもったいない、その金額ならもっと買えると同僚が選んでくれた。

大きなお世話は間違いないが、単価が安い分には扱いに気を遣わないので任せた。

 

着たくもない服を何故わざわざ着るかといえば、

仕事上で与える第一印象の影響はやはり看過できない。

好きな恰好で勤務していた頃、急に役所へ出向くことになって窓口で長時間質問攻めにあったことがある。

信用を得られなかったのが服装のせいかはわからないが。

 

 

祝土日に出勤日がくれば、着たくもない服は着ない。

そっちのほうが好きだよ、と言ってくださる方もいる。逆の意見の方もいる。

 

自分が好きな恰好をしているほうが気分はいい。

本当は毎日気分よく仕事がしたい。